軟らかく伸びやすいため、線を引いた中を塗りつぶす面塗りに適しています。
重ね塗りすることができるので、色を重ねて絵に深みを出す重色や、削って下地を出す出すスクラッチ(削り)技法ができます。
色をまぜて三次色を作れます。例えば、黄色と緑色をまぜると黄緑色になります。
油絵具のようなタッチが出せます。
クレパスは、パステルの発色の良さとクレヨンの定着性のよさの特長をいかした描画材です。世界で 「クレパス」と呼べるのはサクラだけです。初めて当社で研究開発された世界に誇る描画材料です。

クレパスは子どもたちの美術教育を思った画家の要望から生まれました。
大正8年、フランス留学後、帰国した山本鼎画伯(1882-1946)は、定められたお手本どおりに描くことを旨とする「臨画」を行っている小学校美術教育を憂い、子どもには描きたいものを伸び伸びと描かせるべきという「自由画運動」を始めました。その山本画伯が、自由画にと推奨したものがクレヨンでした。
しかし、当時のクレヨンは現在使用されているものよりも硬く、線を描くことには向いていますが、重ね塗りはできず、また、面を塗ることにも向いていませんでした。
そこで注目されたのが、17世紀に発明され、18世紀のヨーロッパ画壇で人気を集めたパステルでした。パステルは軟らかいので塗りやすく、画面上での混色もできました。ただ、紙に色の粉を乗せるだけなので、定着液を吹き付けないと剥がれ落ちてしまうものでした。
「クレヨンとパステルの長所を合わせた画材ができないか?」山本画伯の思いを基に、サクラクレパス(当時、桜クレイヨン商会)が開発したものがロウと油脂で顔料を練り合わせた「クレパス」です。

クレパスは軟らかくするために油脂を使用するので、寒暖の影響を受けやすく開発当時は一年を通じて一定の硬さを保つこができませんでした。
そこで、「かたい・夏用」と「やわらかい・冬用」の2種類のクレパスを製造販売しました。しかし、販売ルートに乗っているうちに時間が経ってしまい、夏用の硬いクレパスは冬に硬くて描けず、冬用の軟らかいものは夏に溶けてしまい使えずという結果になってしまいました。その後、研究されクレパスは一年を通じて一定の硬さを保つ商品となりました。
三木鶏郎先生、作詞作曲の「さくらクレパスの唄」は、クレパス普及のために宣伝カーで街中に流されていました。

















