| 透明水彩絵具 |
|---|
透明調の絵具です。重色効果がある重ね塗りすると下地の色が透け、色が混ざります。この特長を利用し、色をまぜることを重色と言います。例えば、黄色の上に赤色を重ねるとだいだい色に近くなります。高度な技術が必要何色の上に何色を重ねればどんな色になるか、というような色の変化を想定して描く技術が必要な上、書き間違えても重ね塗りで修正できません。 |
| 不透明水彩絵具 |
|---|
ポスターカラーやテンペラのような不透明調の絵具です。
塗りムラが出にくい絵具が不透明調なので、大きな画面でも塗りムラがなく均一に塗ることができます。重ね塗りできる不透明調ですので、色を重ねた場合でも下の色に影響されず、美しい画面になります。鮮やかな色彩はっきりとした発色ですので鮮やかな印象を与える絵を描くことができます。扱いやすい失敗しても塗り重ねて修正できるので描きやすい絵具です。 |
| マット水彩絵具 |
|---|
水分の量を調節することにより、透明調にも、ポスターカラーのような不透明調にもなる半透明水彩絵具です。皆さんが小学校の頃使われていた水彩絵具のほとんどは「マット水彩絵具」です。 透明調筆に水を多く含ませて描くことにより、透明水彩のような鮮やかな発色になります。鮮やかな色彩筆に含む水を少なくすれば、ポスターカラーのようにはっきりした色遣いになります。重ね塗りできる筆に含む水を少なくすれば不透明調になり、色を重ねた場合でも下の色に影響されず、美しい画面になります。扱いやすい失敗しても塗り重ねて修正できるので描きやすい絵具です。 |

水彩絵具は明治時代から輸入が始められ、昭和初期には学校でも使われるようになりました。ただし、当時使用していた水彩絵具は「透明水彩絵具」でしたので、描くために高いレベルの技術が必要とされ、小学生には扱いにくい絵具でした。そのため、当時の小学校では、小学校低学年、中学年はクレヨン、クレパス。高学年になって初めて水彩絵具を使うという美術指導が行われていました。
「子どもたちが、のびのびと絵画を楽しめる絵具を提供したい」
この思いが、サクラクレパス(当時クレパス本舗桜商会)に従来にない半透明水彩絵具「マット水彩」を開発させるきっかけとなりました。しかし、研究開発は平坦な道のりではありませんでした。戦後の物資不足から、意図する材料が入手できず、マット水彩の品質維持が困難を極めました。
また、ポスターカラーのように濃い色づかいを想定した結果、絵具自体の粘りがなくなり、チューブで長期間保存できなくなってしまったり、色間バランスを調節する「体質顔料」を加える比率が分からなかったりと、なかなか想定どおりの絵具を開発することができませんでした。その苦労が実り、サクラクレパスが開発した「マット水彩絵具」は学童用水彩絵具として普及しています。

19世紀以前、絵を描く前に絵を描く人が自分で顔料を油ノリで練って絵具を作っていました。そのため、絵を描くことは屋内のアトリエが多く、屋外での描画には大変な苦労がありました。19世紀、絵具を商品として市販する必要から、チューブ入りの絵具が開発されました。このチューブ入り絵具が、絵画制作に革命を起こします。絵画道具を屋外に持ち出すことが簡単にできるようになったため、多くの印象画家(マネ、セザンヌ、モネ、ルノワールなど)が屋外で絵を描くようになったのです。また、絵具を自分で作るという煩わしさがなくなった絵画制作は普通の人でも手の届く趣味となりました。
絵具は空気と触れると固まってしまいます。そこで、絵具のチューブには絞り出した後、空気が入らないようへこむ、軟らかい鉛のチューブが使われていました。鉛は軟らかいので非常に加工しやすい金属なのですが、有毒なため、万が一、子どもが口にしてしまうと危険です。そこで、サクラクレパスは1995年、業界にさきがけて「ポリチューブ宣言」、「ラミネートチューブ宣言」を行い、子どもたちに危険な鉛チューブを全廃し、ポリチューブ、ラミネートチューブに切り替えました。
今では、日本メーカーが国内で販売する子供用絵具にて鉛チューブが使用されていることはありません。









水分の量を調節することにより、透明調にも、ポスターカラーのような不透明調にもなる半透明水彩絵具です。



