株式会社サクラクレパス

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サクラコラム

有島武郎『一房の葡萄』岩波文庫

有島武郎が『一房の葡萄』のために描いた挿絵

1888年頃の学童用水彩絵具(イギリスのウィンザー&ニュートン社製品カタログより)12色入りで5シリング。

昭和27年頃の「練製さくら水彩絵の具」(サクラクレパス社製)12色入りで50円。
現在の「マット水彩マルチ・ポリチューブ入り」12色セット。
現在の「マット水彩・ラミネートチューブ入り」24色セット。

大正時代の絵具箱 ―有島武郎『一房の葡萄』より―

少年が盗んでもほしかった色

「僕は小さい時に絵を描くことが好きでした。僕の通っていた学校は横浜の山の手という所にありましたが、そこいらは西洋人ばかり住んでいる町で、僕の学校も教師は西洋人ばかりでした。そしてその学校の行きかえりには、いつでもホテルや西洋人の会社などが、ならんでいる海岸の通りを通るのでした。通りの海添いに立って見ると、真青な海の上に軍艦だの商船だのが一ぱいならんでいて、煙突からの煙の出ているのやら、檣から檣へ万国旗をかけわたしたのやらがあって、眼がいたいように綺麗でした。僕はよく岸に立ってその景色を見渡して、家に帰ると、覚えているだけを出来るだけ美しく絵に描いて見ようとしました。けれどもあの透きとおるような海の藍色と、白い帆前船などの水際近くに塗ってある洋紅色とは、僕の持っている絵具ではどうしてもうまく出ませんでした。いくら描いても本当の景色で見るような色には描けませんでした。
ふと僕は学校の友達の持っている西洋絵具を思い出しました。その友達はやはり西洋人で、しかも僕より二つ位歳が上でしたから、身長は見上げるように大きい子でした。ジムというその子の持っている絵具は舶来の上等のもので、軽い木の箱の中に、十二種の絵具が、小さな墨のように四角な形にかためられて、二列にならんでいました。どの色も美しかったが、とりわけて藍と洋紅とは吃驚するほど美しいものでした。ジムは僕より身長が高いくせに、絵はすっと下手でした。それでもその絵具をぬると、下手な絵さえなんだか見ちがえるように美しくなるのです。僕はいつでもそれを羨ましいと思っていました。あんな絵具さえあれば、僕だって海の景色を、本当に海に見えるように描いて見せるのにな、と自分の悪い絵具を恨みながら考えました。そうしたら、その日からジムの絵具がほしくなって、パパやママにも買って下さいと願う気になれないので、毎日々々その絵具のことを心の中で思いつづけるばかりで幾日か日がたちました。」そして、少年はジムの藍と洋紅を盗みました。

大正時代は貧相だった水彩絵具

これは有島武郎の童話『一房の葡萄』での一節です。大正9年に書かれた『一房の葡萄』の中には、当時の子どもたちが使っていた国産の水彩絵具が恨めしくなるほど“悪い絵具”だったと書かれています。大正10年に山本鼎が著した『自由画教育』という本の中でも“水彩絵具は相変わらずひどい。なるべく使わないほうがいい。”さらに“あの貧相な水彩絵具”と言っています。当時の小学校では、乾燥させた皿入り絵具を水で溶いて使っていました。ジムが持っていた西洋絵具というのは、キャラメルのような四角の形をしているケーキ・カラーと呼ばれる固形水彩絵具だったのではないでしょうか。

西洋絵具の洋紅色と藍色ってどんな色

少年が友達の絵具箱から盗んでもほしかった洋紅色と藍色という古い呼び名の色は、今日の私たちが知っているところの、どの色なのでしょうか。明治・大正時代に文部省が定めて教科書で用いていた「教育色名」では、洋紅色というのはクリムソン・レーキのこととあり、色相は“さえた赤”と説明しています。しかし、今日の私たちが手にするクリムソン・レーキという色名の絵具の色は、暗く沈んだ色合いの紫がかった赤色です。また、藍色はインデゴ(インディゴのこと)と表記されていますが、色相の説明には“くらい灰みの青/Dark Grayish Blue”とあります。童話の文中では“透きとおるような海の藍色”と書かれてありますが、有島武郎が言い表した藍色は作家自身の感覚的な色であり、実際のインディゴの色を指しているのではないのでしょう。こうした差異は、それぞれの時代特有の思想と世情を背景として生まれる時代感覚によっても、また個人がそれぞれに持っている感覚によっても生じることです。


挿画に描かれたスカーレットとブルーの謎

日本の少年の絵具箱に入っていた洋紅色がクリムソン・レーキであるとすれば、この色以外の“舶来製”の赤系の色を盗んだことになり、そのジムの持っていた赤系の色とは何色だったのでしょうか。この答えを見つけるのは簡単でした。有島武郎自身が『一房の葡萄』のために挿絵を描き、その絵の中にSCARETとBLUEの英文字があったからです。
SCARETはスカーレット(あるいはスカーレット・レーキ)という鮮やかな黄みの赤色で、和訳すれば“緋色”という色です。さらに「教科書色」で調べると、当時の小学生が使っていた可能性のある赤系の色は、朱色としてはバーミリオン、紅色としてはクリムソン・レーキの2色でした。このことからも少年が盗んだ赤色はスカーレットであったと推測できるのではないでしょうか。
いっぽうBLUEについては、大正・昭和初期の小学校が使っていた絵具にコバルト・ブルーとインディゴがあることがわかりました。これらの2色以外で“透きとおるような海”を描こうとするならば、その可能性のある青系の色にはウルトラマリンとプルシアン・ブルーがあります。
そこで、現在の主要海外メーカーのハーフパン12色セットに入っている青系の色を調べてみました。ウィンザー&ニュートン(イギリス製)はフレンチ・ウルトラマリンとセルリアン・ブルーです。シュミンケ(ドイツ製)はウルトラマリンとセルリアン・ブルーです。レンブラント(オランダ製)はウルトラマリン・ディープとコバルト・ブルーです。ラウニー(イギリス製)はフレンチ・ブルーとモナストラル・ブルーです。ブロックス(ベルギー製)はブロックス・ブルーとウルトラマリン・ディープです。各メーカーとも青色にはウルトラマリンのセット組みが不可欠のようです。ちなみにサクラクレパスが学童用として新発売した昭和25年当時の水彩絵具にはウルトラマリンとプルシアン・ブルーが入っていました。
こうした資料から推測すると、少年がジムから盗んだ藍色と言っている色はウルトラマリンかプルシアン・ブルーだったのではないかと思われます。ただし、どちらの色であったかは、いまだ不明です。

現在の学童用水彩絵具

現在、学校教材で使っている水彩絵具「マット水彩」の12色セットの配色は、レモンいろ、やまぶきいろ、ちゃいろ、おうどいろ、しゅいろ、あか、きみどり、ビリジアン、あお、あいいろ、くろ、しろです。「マット水彩」の24色セットでは、レモンいろ、やまぶきいろ、だいだいいろ、うすだいたい(はだいろ)、ぞうげいろ、ちゃいろ、おうどいろ、こげちゃいろ、しゅいろ、あか、むらさき、セルリアンブルー、エメラルドグリーン、きみどり、ふかみどり、ビリジアン、あお、ぐんじょう、あいいろ、はいいろ、くろ、しろ、あかむらさき、あおみどりです。また、水彩絵具はチューブ入りになっています。なお、サクラクレパスでは昭和初期から使ってきた鉛チューブは1995年に廃止し、同年1月9日にポリチューブへと変わり、さらに同年8月17日にはラミネートチューブが登場してきました。ラミネートチューブは、アルミ層(機密性が良く、チューブが使いやすい)と樹脂層(絵具に影響を与えない)をサンドイッチしあった構造をしているチューブです。

サクラアートミュージアム 主任学芸員
清水靖子(サクラクレパス)


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